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去る1999年11月6日土曜日14時から、名古屋市中区丸の内のスタジオ・ルンデにおいて、バルトーク弦楽四重奏団の室内楽公開レッスンが行われた。普通の社会人から芸大卒業生まで個性豊かな5団体がレッスンを受講、時間は計5時間にも及んだ。その模様を以下に記す。 ● 始めはバルトークの第2番第2楽章。アマチュアなのにようこんな曲弾くわ。別に知り合いがいるからこんなこと書くわけではないが、当日出演していた5団体の中で一番堂に入っていた。結成してからの期間が長いのが強みか。ただ、強いて言うなら育ちのよいバルトークといった感じで、レッスンでも「これは野蛮な音楽なんだ」ということを言われていた。あと自分的に印象に残ったことを列記していくと、
● 2曲目はハイドンのヘ短調Op.20-5第1楽章。禁欲的と言えば確かにそうだが、なんとなくただ音が鳴っているだけという印象も。「デュナーミクを守りすぎている、メロディ曲線の中にもっと自分を入れるように」「歌を大切に」とのアドバイスを受けての2回目、格段に演奏がよくなった。この曲でのコメントは、
● 5分休憩の後の3曲目は同じくハイドンの有名な「皇帝」第1楽章。う〜む、僕自身は多くは語らないでおこう。バルトークQの先生方曰く、まず歌ってみる、それが自然な弾き方。また、極端に歌ってみて、どれが自然な歌い方かを考えてみる。なるほど。11小節目はVcをもっと出す。21小節目の1stVn&Va&Vc、トリルの後の32分音符をはっきりと、弓も大きく使う。でもこれが結構難しいんだよね。トリルはたくさん入れなくても2つでいいとのこと。付点は手首で、重くならないよう、弓の先の方で。そしてこの曲でも「pとppの差は、fとpの差よりも大きい」ということを念を押していた。
それにしてもこの曲になって急に小節番号が出てくる自分。スコア持参。僕が生まれる前から家にあったやつ、100円。数十年での物価の上昇ぶりがよくわかる。<- かなり余談。 ● 4曲目はファシズムと戦争の犠牲者の思い出に捧げられたショスタコーヴィチの8番、第1&2楽章と第3楽章をほんの少し。ぬおぉ、いつ聴いてもカッコいい曲や。生で聴くとさらに格別。それにしてもこの曲の1楽章はバルトークとは違った難しさがある、非常な難曲。付点のリズムはそれ以上短くしないで、短くすると心地よくなってしまう。テンポは弾き始める前に決めておく。Vcは暗くドラマティックな音を。1stVn、練習記号8まではsulD、8からA線で弾くと音色が変わるのが◎。またこの曲は4拍子だが、2拍子、4小節で1かたまりと考える。そして常に方向性を持って。目的音を考えろということか。同じ考えを違う顔で弾くには、弓のアップ、ダウンを変える、そうすると自然に音色が変わってGood。そして悲劇的な曲だが音程は悲劇的にしないように。
2楽章。sfffはもっと響かせて、乾きすぎている。音量バランスを考える。速くなる、冷静に(と言われてもねぇ、速くなる気持ちめちゃめちゃわかる)。4人で一緒になる場所を決めておく。1小節あたり1つで4つ振り、4拍子だと考えて、1拍目で合わせる。ショスタコーヴィチは音にespressivo、メロディにespressivoではない。3連符をはっきりと。また、この曲の印象的なメロディ(ピアノトリオ2番etc.にも出てくる)は俗にショスタコーヴィチのメロディと呼ばれ(本当?)、ユダヤの曲がもとになっているそうだ。
● 最後はハイドンのト長調Op.77-1の第1&2楽章。1楽章のテーマを結構重く弾いていて僕のイメージとは違っていたが、まずそこを注意されていた。でもその説明もわかりにくくて(通訳のせいか?)1stVnの人困惑ぎみ。僕にも理解できなかった。ターララン、っていうリズムなんだけど、僕のイメージは始めのターに軽いアクセントをつけてかわいくまとめる。レッスン受けていた人は最後のランをかなりテヌートで弾いていて軽やかさが欠如していたように僕には思えた。バルトークQは最後のランがスタッカートなのかテヌートなのかどっちのつもりなのかよくわからず。まぁ僕は楽譜見たことなくてABQのCD聴いたイメージしかないから僕の考えは当てにならん。手元に楽譜があればなぁ。 2楽章では、作曲家はどこで弓を返すかとか、要はスラーをつけるときにボーイングを考えているわけではないので、どこで弓を返すかは奏者の責任だと言っていた。また、どこへ向かっていくのかわからないような箇所ではとにかく前へ進む、そうしないと客は寝てしまう、というようなことを言っていたが、僕としてはわからないところはわからないように弾いて問題ないんじゃないかと思う。そのように作られている箇所ならば。始めから終わりまでわからんように弾かれたらそりゃ寝てしまうが。あとは楽譜をそのまま受け取らず音楽的にどうかということを必ず考えるとか、前にもあったようなコメントの繰り返しだった。というかいい加減疲れて集中力が欠如していた自分。このレポート書くのにもそろそろ疲れてきたのでこの辺で。いやいや、いい勉強になりました。
(1999.11.10)
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