トスカニーニがNBC響の指揮者になって3シーズン目の1939年、彼らは初のベートーヴェンの交響曲全曲演奏会を行う。今や伝説となっているこのチクルス、第九の演奏会は12月2日に行われた。その録音がNAXOSからリリース、さっそく入手して聴いてみたが、とにかくすごいんだこれが。名演だといって人に薦められるような代物ではないのだが、凄まじいエネルギーに満ち溢れた轟演なのだ。
1楽章からしてはやくもオーケストラと共に火の玉となって脇目もふらずひたすら突進する。だからといってうわずっているというわけでもなく、コニシキが時速250kmでぬりかべに立ち向かっているような趣(どんなたとえや)。1楽章をたったの12分25秒で駆け抜けてしまうのだ。オリンピックだったら金メダルものだ。ちなみに、市場によく出回っている1952年のトスカニーニの録音で13分32秒、最近の研究成果をふまえたところではアバド&BPOが15分24秒、アーノンクール&ヨーロッパ室内管が15分02秒、メトロノーム記号に忠実に従っている(はずの)ジンマン&チューリヒ・トーンハレ管でも13分35秒、古いところではバーンスタイン&WPOが15分16秒、フリッチャイ&BPOは16分44秒、有名なフルトヴェングラー&バイロイト祝祭管に至っては足音付きで19分10秒(うち足音は約1分30秒)もかかっている。12分25秒という数字がいかに突出した数字かということがよくわかる。しかも当時トスカニーニはすでに72歳だったのだ!なんという生命力に満ち溢れたじいさんだろうか。僕も一応第九弾いたことあるからわかるけど、こんな指揮されたらとてもついていけんぞ。端で聴いてる分にはいいけど。
2楽章も相変わらず速い。3楽章はあっさりしたものだがそれが逆にいい味を出していて、妙にロマンティック。そして4楽章。前3楽章のテーマを低弦が否定する部分、「絶対にそうじゃないんだ!」と言わんばかりの鋭いアクセントに、おいおいそんなのありかよ、とつい突っ込みを入れたくなる。やりすぎとしか思えない切れ味の鋭さ。そして僕が全曲通して一番感心したのが、低弦から静かに始まる「歓喜の歌」の主題を提示する部分。特にバイオリンの穏やかさ、艶やかさ、神々しさと言ったら!決して前に進むだけの一本調子な演奏ではないのだ!テンポ的にはこの辺からようやく普通になるがエネルギーは衰えず。歌唱陣も力強く歌っていて、オーケストラに決して引けを取らない。そしてコーダのプレスティッシモは地に足を着けて堂々と曲を閉じる、聴衆の歓声もさもありなんと大納得。巨匠の音楽とはこういうもののことを言うのだろうか、今の時代にはこういう感動を呼び起こしてくれる人は絶対にいないと断言!
(1999.10.13)