はやしひろおのホームページ/散文系 名演?奇演? ジンマンのベートーヴェン


名演?奇演? ジンマンのベートーヴェン


最近のベートーヴェンの交響曲のレコーディングで最も世間をにぎわしているものといったら、間違いなくデイヴィッド・ジンマン指揮チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団によるものでしょう。「モダン楽器によるベーレンライター原典版世界初録音」というキャッチフレーズ、1枚1000円という破格の安値、どちらも話題を呼ぶに十分な要素ではありますが、この全集で一番問題となったのは、いたるところで現れる装飾音です。「運命」の1楽章および第7番の1楽章のオーボエ・ソロや、「英雄」の葬送行進曲を聴いて、な、なんて?と思った人も多いはず。CD発売当初はベーレンライター原典版の楽譜が出版されていなかったこともあり、この演奏を聴いて「ベーレンライター版は面白いなあ」とおおいなる勘違いをしてしまいそうな状況でありました(現にある小冊子には「ベーレンライター原典版のオーボエには驚いたね、なんて友達に話をすれば君もクラシック通」なんてこと書いてありました。そんなこと言ったら友達の前で恥をかくことになっちゃうのにね)。その後ベーレンライター原典版も無事出版され(僕はまた実物を見たことすらないが.....)、装飾音はジンマンが恣意的に加えたのではないかという話になり、1999年5月号の雑誌「レコード芸術」のジンマン本人へのインタビュー記事によって、装飾音はやっぱりジンマンの個人的な解釈だと結論づけられました。

とまあすったもんだがあったのですが、演奏自体はどうなのかというと、最近の古楽器演奏の成果を受け入れてうすい編成ですっきりとまとめていますが、非常に生き生きとしていてなかなかの好演だと思います。というわけで、これから1曲づつ詳しく聴いていこうと思います。なお、僕は専門知識皆無の素人ですし、手元に楽譜もない、あったところで読めないので、ただ純粋に耳から聴いた印象のみで書いていきます。専門的なことは「レコード芸術」1999年5月号(たぶん6月号にも)に金子建志氏が書いておられる記事が非常によく考察されているので、そちらをご参照下さい。

  • 第1番
    記念すべきベートーヴェン最初の交響曲。速めのテンポできびきびとしており、若々しい。装飾音も少なく(僕の耳では装飾音は1つも確認できなかった)、スタンダードな名演。

  • 第2番
    こちらも第1番同様、はつらつとしていて聴いていて非常に楽しい。この2曲は曲と演奏がとてもマッチしていて、誰にでも薦められる名演だと思います。

  • 第3番「英雄」
    ナポレオンに献呈されるはずだった曲。僕の考えではベートーヴェンの関心が現世ではなく理想の世界にあったことを露骨に証明している曲。1楽章は現世の英雄。しかし彼は亡くなってしまい、葬式が営まれる、それが2楽章の葬送行進曲。残りの2つの楽章が理想の世界の、ベートーヴェンが真に思い描いていた英雄像を表している。4楽章の変奏曲の主題が「プロメテウスの創造物」からとられていて、ギリシャ神話の英雄を表しているのもその証拠。その割には3、4楽章が妙に軽々しい気もするが。

    前置きが長くなってしまったがジンマンの演奏は1楽章が最もよく、2楽章は装飾音符つけまくりで葬送行進曲が喜劇の前奏曲のようになってしまっている。4楽章は弦楽器が1本ずつになる変奏まで出てくるが、さっそうとしていて気持ちはいいが深みに欠ける。小編成オケの弱みか。

  • 第4番
    こざっぱりとしていいですねぇ。聴き流しているとただ単に運動会のようだが、じっくり聴いてるとちゃんといろいろなパートがきこえるし、構成感も出ていると思います。

  • 第5番「運命」
    肩のこらない「運命」。悲劇性をほとんど全面に出さずにひたすら音を組み立てている、という点で好みが分かれるかも。いい演奏なんだけど、僕には腰の軽さが気になる。同じ速いテンポでもカルロス・クライバーはもっと重厚な響きを出していた(編成が大きいから、っていう以上の)し、古楽器のガーディナーも深い音色だった。この辺は指揮者よりオケの違いか。

  • 第6番「田園」
    疾風のように駆け抜ける「田園」。でも悪くない。鳥が変な風に鳴いたりするが別に違和感はない。軽く薄い響きが曲とよくあっている。

  • 第7番
    1楽章がエネルギッシュで推進力もあり、素晴らしい。感情移入しすぎずさらりとまとめた2楽章、軽快な3楽章も好演だが、4楽章はちょっとなぁ、軽くあっさりとまとめているが3楽章までがよかっただけに尻すぼみの感あり。まあこの曲は誰の演奏を聴いてもそういう印象があるんだけどね。僕が今まで聴いた中では唯一バーンスタインの最後の演奏会の録音(ボストン響)が異様に遅いテンポでちょっと違うだろという気はしたがスケールは大きかった。

  • 第8番
    ベートーヴェンの交響曲ばかり続けて聴くというのも疲れるねぇ、おまけにどの曲にも似たようなアプローチなのでいい加減飽きてきた。よく言えば一貫したコンセプトがある、悪く言えばどれも同じでわざわざ全部聴かなくて一つ聴けば大体予測できる。まあ誰の指揮でも同じことだと思うが。この8番に関しては曲と合ってると思いますよ。

  • 第9番「合唱付き」
    いよいよ第九です。メトロノームに忠実です。で、そうなると問題になるのが第2楽章。Prestoをメトロノーム通りにやるとなんか冗談音楽のように聞こえてしまう。ベートーヴェンは本当にこれを意図していたのだろうか?4楽章のバリトンのソロ、楽譜に"ad libitium"って書いてあるからって装飾音を入れてもいいのか?どうも安っぽくなってしまう。全体通して聞き易いんだけど、なんかこう、「苦悩から歓喜へ」っていうベートーヴェンの心の中の戦いみたいなものにまるでおかまいなし、楽しければいいのさ、みたいな感じがしてどうもなじめない。

というわけで一通り聴いてみましたが、独断と偏見で演奏がいい順に並べてみると、

第6番>第1番、第2番>第4番、第8番>第7番>第3番>第5番>第9番

てな感じでしょうか。精神性の深い作品ほど演奏の印象はよくないですねぇ、ネアカな演奏だというのがよくわかります。

で、結局この全集で何が問題だったかって、ジンマンの個性が強く出ている演奏に「ベーレンライター原典版による世界初録音」というオーソドックスな演奏だと言わんばかりのレッテルを貼って発売したこと。ベートーヴェンの交響曲に装飾音を付けるなんて、ベーレンライター社はけしからん、なんていうあらぬ誤解を招くもとです。レコード会社もちょっと考えてほしいよなぁ。 (1999.4.29-5.3)