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■ アメリカ素描
昨日の雪とはうって変わっての晴天。朝わりと時間があったので、ホテルで司馬遼太郎著「アメリカ素描」を読む。歴史小説の専門家だと思っていた司馬遼太郎がアメリカについて書いた本ってことで珍しさにつられてgetした本。ニューヨークにまで来て日本語の文庫本読んでる自分に矛盾を感じるけれども。 アメリカは法治国家。法に対する忠誠を誓って国民になれる。でも、妻や娘を暴行され殺害されたって、証拠がなければ罰することができず被害者は泣き寝入りになってしまう。善良な市民が札付きのチンピラに殺されたって、法は法として運用され、そこにある明らかになった事実のみから判断され、せっかくの証拠品や自供も警察による行き過ぎた権力行使によるものと判断されれば採用されない。結果被疑者は釈放され再び街を徘徊する。日本でもそうだけど、アメリカはさらにそういう傾向が強いと思う。 他にも、アメリカ人は誰もが独立している。自我を強く持っている。それがために孤独。なかなか複雑ですね。でも、前日の空港からのバスの中で運転手が「みんなどこまで行くの?地下鉄の駅まで?」と聞くと全員が一斉に「Subway!」と叫んだり、Carnegie Talksの質問コーナーで聴衆の1人からの質問が「みんな聞こえた?」と司会者が聞くとみんなして一斉に「聞こえなーい!」と叫んだり、個々が独立しているとはいえ、いやむしろ独立しているからこそなのか、集団化した時のエネルギーというのは恐ろしいものがあると感じました。
このあと、適当にホテルの周りを歩いてからカーネギーホールへ向かいます。午前中の見学ツアーに参加しようというもくろみです。ホテルの近くで見つけたものを2つほど。
![]() ■ Carnegie Tour
仕方ないからあきらめて、リンカーンセンターへ。午後からのジンマン指揮ニューヨーク・フィルwithアックス&ヨーヨー・マの演奏会は現代曲ばかりでどんなもんかと思ったけど、まぁせっかくだからチケットが買えたら聴こうかと思いチケット売場へ行ったら、マシンがダウンしてて買えません、もうちょっとたてば直るかもしれないけど、ってな感じで、もう今日は踏んだり蹴ったりです。また仕方ないから、近くにあるセントラルパークへ行って写真とって遊んでみました。
午後からはニューヨーク・フィルはあきらめて、午前中に行けなかったカーネギーホールの見学ツアーへ行くことにしました。今度こそ正しい列に並んでいましたが、時間が近くなっても窓口閉まったままです。そうするうちに案内役と思しきおばさん2人が中から出てきて、チケットを見せろとせがみます。そんなこと言っても誰もチケット持ってないですよ。どうもチケット売場とツアーのおばさんたちとで部署が違うようですね、日本の縦割り行政さながらです。おばさん必死の交渉の末、チケット売場のシャッターが上がった時はみんなして拍手喝采、おばさんガッツポーズです。
にしても、まさに富豪の文化。通路には過去にこのホールで演奏した人たちのポートレートがひたすら並んでいます。ホロヴィッツ、トスカニーニ、ハイフェッツからスーザ、フォスターまで。ヨーロッパの昔の劇場みたいに装飾がすごいってわけではないんですが、赤い絨毯に雰囲気を醸し出すシンプルで気品あるライト、金持ちだなーって感じですよ。写真を撮らせてもらえなかったのが残念。ホール自体も装飾品がほとんどなくシンプルなんですが、なんと木がほとんど使ってないそうです。さすが鉄鋼で頂点へ登りつめたカーネギー、ほとんどがスチールとコンクリート。冷たいというわけでなく良い意味でのクールな雰囲気で、無音状態での静寂が心地良いホールですね。ミュージアムもあって、昔のビラがいい味出してます。ホロヴィッツ、ルービンシュタインらがモニターの中で演奏してましたが、いやー、この時代の人たちは自分の空気を持ってますね。聴き手に与える迫力が違います。そして金持ちの文化。あこがれますが僕の中の文化とはちょっと違うようです。
![]() ■ A.Berg & A.Bruckner
ニコラウス・アーノンクール指揮ウィーン・フィルのアメリカ公演、最後を飾るのはニューヨーク、カーネギー・ホールでの3日連続のコンサート。その初日です。曲目は、ギドン・クレーメルをソリストに迎えてのアルバン・ベルクのバイオリン協奏曲、そしてブルックナーの交響曲第4番です。ウィーン・フィルはライナー・キュッヒルさんがコンサートマスター。本気でこのツアーに取り組んでいることをうかがわせます。 さて、まずはベルク。このウィーンで生まれウィーンで亡くなった作曲家の遺作を演奏するには最高の演奏者たちです。クレーメルはやっぱり線が細いけど、音自体は曲に合ってるように思うし、オーケストラがうまく合わせてるなぁって印象ですね。ソロを消さないようにそれでいてきちんとした発音で。曲がうまくできてるのかも知れないけど。そしてクレーメルは妙に礼儀正しいです。オーケストラと指揮者に対して本当に深々とお辞儀をします。 でもねぇ、曲難しいね。客席も結構ざわついてました。プログラムを落っことす音が聞こえたり。なかなかこういう曲を集中力を持って聴くというのは大変な作業です。つくづく演奏会というものは、聴衆の積極的な参加も必要不可欠だなと思うのでした。 休憩時間に隣の兄ちゃんが話しかけてきました。「おまえはミュージシャンなのか」って。しばらく話してみましたが、どうやら彼はアマチュアでバイオリンとピアノを弾くそうです。「ベルクのコンチェルトは僕には理解するのが難しいよ」と言ったら「そうだねぇ、静かな曲だからねぇ」とのたまっていました。しかし僕があまり英語を解さないということを悟ったのか、その後彼は反対側に座っていたおばさんグループとの会話に花を咲かせていました。 後半はブルックナーの4番。プログラムにはカーネギーホールでの初演がいつだったのかってことも書いてあって、この曲は1910年にあのグスタフ・マーラーの指揮、ニューヨーク・フィルによって演奏されているそうです。 僕は自他ともに認めるブルックナー嫌いなのですが、押し付けがましい響きを廃した演奏をこうやってきちんと聴いてみると別に悪くはないですね。1楽章なんか割と室内楽的なんだなぁと比較的楽しく聴けました。しかし2&3楽章のけだるい雰囲気(こういうのがウィーン独特なのだろうか)にはついていくのが大変でした。2楽章の最後の方でティンパニがディミヌエンドしたら、隣の兄ちゃんが笑っていました。何か変わった解釈だったのでしょうか。3楽章はホルンが結構ミスってましたね。アーノンクールは付点リズムの短い音を、バロック音楽の延長で特に短く弾くよう指示する人らしいのですが、危険を冒してまで解釈を優先させた結果今回は失敗してしまったという印象ですかね。でもそのホルンもいい音色で吹くので、ミスをあまり感じさせないのがすごい所です。4楽章はコントラストが激しく、クレッシェンドがまさに貴乃花土俵入りのせり上がりのようで迫力ありましたよ。
そして拍手は曲が終わってしばらく余韻に浸ってからということで、日本の聴衆にも本当に見習ってもらいたいものです。ブルックナーはちょっとフライング気味でしたが。でも曲の途中でしっかり携帯電話が鳴っていました。
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