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遺品



これは貴重かも!外国オーケストラの来日公演の際のプログラムです。1970年代前半が中心。この中からいくつか見ていきましょうかね。


1970年のレニングラード・フィルです。これはあの幻の指揮者、エフゲニ・ムラヴィンスキーがついに日本にやってくるということで大変話題になった時ですね。


でも病気で来れなかったんだよね。代わりはアルヴィド・ヤンソンス。今をときめくマリス・ヤンソンスのお父さんです。


プログラムにもムラヴィンスキーが来日できなかった旨書いてあります(写真の右下)。心臓病の悪化だそうです。


どこの新聞だかわからないけど「重厚、激しい情熱」だったそうです。


1973年のレニングラード・フィル。ついにムラヴィンスキー来日!


でも名古屋で指揮したのはアレクサンドル・ドミトリエフ。ドミトリエフは一時CDがいろいろ出てたけど最近どうしてるのかな。この日のプログラムはオール・チャイコフスキーで、悲愴、ピアノ協奏曲第1番、イタリア奇想曲。この曲順です。前半に悲愴で、トリがイタリア奇想曲です。こういうプログラミング、好きだなぁ。


1975年のレニングラード・フィル。ついにムラヴィンスキーが名古屋へ!モーツァルトの39番とチャイコフスキーの5番という、得意中の得意の曲です。この人は常に得意な曲しか振らなかった気もするけど。


当時外務大臣だった宮沢喜一氏も応援メッセージを寄せています。


1971年のゲヴァントハウス管弦楽団。コンサートマスターに聞き覚えのある名前が。


ゲルハルト・ボッセ教授です。最近名フィルをよく振っている人です。真摯な指揮で好きなのですが、バイオリンを弾けるんだなぁ。


最後はこれ。1970年、大阪万博の年のクリーブランド管弦楽団です。といえば!そうです、あのジョージ・セルの最初で最後の来日公演です!これは貴重だ、高く売れるぞ。
こういうオーケストラのツアーって、たいてい指揮者が2人ついてくるでしょ。メインの指揮者とおまけの指揮者と。この時のメインの指揮者はもちろんジョージ・セル、そしておまけの指揮者は....


おおっ!ピエール・ブーレーズだ!!おまけがブーレーズ。すごいね。


またどこの新聞だかわからないけど、右は「みなぎる緊迫感」ということで「まるで一つの楽器のようなすばらしいアンサンブルを聞かせたセル指揮のクリーブランド管弦楽団=愛知文化講堂で」だそうです。曲はスメタナの「売られた花嫁」序曲、ゲイリー・グラフマンのソロでプロコフィエフのピアノ協奏曲第3番、そしてベートーヴェンの「英雄」。文化講堂って懐かしいね、今の芸術文化センターができる前にあったんだよなー。左は饒舌なブーレーズ氏、「音楽教育は間違っている」とのたまっています。
ところでクリーブランド管弦楽団の主席チェロって、ひょっとして今はソリストとして活躍するあの人なんじゃ、と思いメンバー表を見てみると.....


おおっ、やっぱり!日本語の方を見てみると.....


.....誰だよ、リン・ホーレルって。ハレルだろ、ハレル。


写真付き。若い。

まぁそんなとこで。

(2005.5.14)