はやしひろおのホームページ/散文系 バッハな旅2002/ケーテン


ケーテン


ケーテンへやってきました


バッハがその生涯で最良の時を過ごし、ここで生涯を終えるつもりだったとさえ言われているケーテンです。1717年から1723年までをここで過ごしました。バッハが仕えていたレオポルト候は大変な音楽好きだったらしく、ブランデンブルク協奏曲や無伴奏のバイオリンとチェロの作品、平均率クラヴィーア曲集第1巻等の鍵盤曲など、主要な器楽曲はここで作曲されたと思われていました。しかし最近の研究によると、それらの器楽曲の多くも後のライプツィヒ時代に作られたということになっているらしいです。

じゃバッハはケーテンでは何をしていたのでしょうか?謎です。




ケーテン城。中は博物館。 博物館入口。
つぶれちゃってるけど黒いのはバッハのレリーフ。


バッハの職場だったケーテン城です。城という割にはかなり小さいです、弱そうです、Jリーグ発足当時ガンバやレッズとともに最下位を争っていた頃のグランパスよりも弱そうです。そして中は博物館になっているらしいので入ろうとしたら......ドア開きません。でも中は電気ついてます。何回もどんどん叩いたりひっぱったりしてもびくともしません。他のドアも全部しまってます。どれが本当の入口のドアなのかもわかりません。しばらく暴れ回ってから看板らしきものを見つけました。

どうも今日は休みらしい....。

休みなのにドアを叩きまくっていた自分はかなりの迷惑者でした。仕方なく帰ろうとすると.......なんとドアがひとりでに開いて中からおばちゃんが出てきました。

中に入れてくれるらしい。

いやー暴れ回ってみるもんです。世間知らずの平和ボケした日本人は恐いもの知らずですね。よい子は絶対に真似しないで下さい。

中にはもう1人おばちゃんがいました。ドイツ語で何やら会話しています。「休みなのにいいの?」「ドア壊されるよりましよ」と話していました。たぶん。

というわけで一通り中を見せてもらいましたよ。ケーテン候レオポルトの大きな肖像画や、アンナ・マグダレーナと結婚式をあげた礼拝堂、演奏会が開かれた「鏡の間」など。鏡の間は現在でもコンサート行なわれているみたいで、きれいに座席も並んでいました。しかしヤマハ製のドラムとシンセサイザーが置いてあったのは微妙でした。

写真もとりまくってきました。そしたらおばちゃんが飛んできて写真撮影は禁止だとのたまっていました。ごめんなさい、しかしもう撮ってしまったので.......。これで日本とドイツが国交断絶なんてことになったらどうしようと心配してしまいました。いつでもどこでも日本人観光客は恐いもの知らずです。

というわけでもう時効だと思うので、下に写真載せてしまいます。


礼拝堂 鏡の間



ついでに写真をもう2点。バッハ広場にある石灰岩製のバッハ像と、マルクトにあるヤコビ教会です。