はやしひろおのホームページ/私の独り言

2008年08月19日

夏休み

今年の夏は相当暑いので、かなりへばってます。ようやっとここんとこ、以前に比べたら涼しくなったような気がして、多少楽に感じるようにはなってきた。

昨日は毎年の恒例で、子供たちの前でチェロ二重奏を弾いてきました。正直今年はバタバタと落ち着かなかったんでまぁパスでいいでしょ、と思ってたのに、H岡先生に「まぁやろうよ」と言われ、あっさり承諾。作曲者もよくわからない曲だったんだけど、H岡先生は妙に気に入っていたらしく「譜面づらがいいんだ」とか言ってました。そんな彼に引っ張ってもらうばかりの今年でした。

その前に、せっかくの夏休みということで箱根へ行ってきました。彫刻の森美術館かなりよかったですよ。ありゃ丸々一日楽しめますよ。
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こういうときしか使わないCaplioR7ですが、さすがに屋外だとストレスなく撮れて、しかも光学7倍ズームは強力。下の写真は光学7倍。
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まぁこれだけ見てもわかんないけど。

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ワルキューレの奇行。

さてと、いろいろとさらう楽譜がたまってきてストレスもたまってきたところです。ついにシベリウスの未知の領域、3番目の交響曲を弾かなくてはいけなくなりました。シベリウスの3番以降なんて、マーラーとかブルックナーとかR.シュトラウスと同様、チェロ弾いてなかったら絶対一生関わることなかっただろうと思いますね。そしてチャイコフスキーの1812年は昔カラヤン&BPのCDを聴きまくってました。あの日本人にはおよそ不可能な重厚な音の演奏のイメージがすり込まれているので、どうして自分はこんな貧相な音しか出ないんだ!とついつい肩に力が入る。最後まで体力持たないよこれ、どうしたものかね。

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2008年07月16日

ベルリン・フィル 12人のチェリストたち

先週土曜日に、ベルリン・フィル12人のチェリストたちを聴きに行ってきました。かなりメンバーが入れ替わってて(ゲオルグ・ファウスト氏もいなかった。休暇中?)、若い人が増えたなぁーという印象。その中でもやっぱり光ってたのは首席のルートヴィヒ・クヴァントくんと、ソロ・チェリストの肩書きを持つオラフ・マニンガー、マルティン・レーアの各氏。オープニングのクレンゲル「賛歌」の冒頭、12番目の奏者から順々に入ってきて和音を重ねていくんだけど、もうこの時点で個々の音の良し悪しがわかっちゃうもんなぁ。楽器のせいか腕のせいかわからないけど、多分両方なんだと思うけど、チェロ12本のアンサンブルの発祥ともいえるこの曲、実はなかなか恐ろしい曲なんだなぁと感じた。

この日の演奏会は軽めの曲ばかりで、前半にあったボリス・ブラッハーとかピアソラの曲はかなり楽しく聴けたけど、後半になると同じような曲に同じような編曲、同じ音色ということでだんだん聴くのがつらくなってきた。こうなるとバッハとかベートーヴェンとか、「いかにもクラシック」的な曲がもうちょっと入ってもいいような気がしてくる。

でも先日のABQよりも客入りははるかに良好、熱狂的なファンらしきひともたくさん。でも期待してた「クヴァントく~ん!」みたいな黄色い声は残念ながらかからなかった。次からは僕がかけてあげようと思った。

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2008年07月10日

CM

昔こんなCMがあったそうです

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2008年06月04日

ABQ

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先週の金曜日、5/30にアルバン・ベルク四重奏団を聴きに行ってきました。すでに解散が決まっているABQ、フェアウェルツアーということで会場はとても広い愛知県芸術劇場のコンサートホールでしたが、かなり空席が目立ちました。

そのおかげで舞台の真後ろという一番好きな席が取れたのかも。

そして数は少ないながら、とても質の高い聴衆で、長年名古屋に住んでいてもこんな経験は初めてだった。演奏中の集中した雰囲気と、暖かくリスペクトの気持ちに溢れた拍手。僕の席では拍手の響きが下から浮き上がってくるようだった。

僕がABQを初めて生で聴いたのはしらかわホールのオープニングのシリーズで、2夜連続でハイドンやシェーンベルク、ベートーヴェンが演奏された時だった。その後も、特定の団体ではABQほどたくさん生で聴いた団体はないくらいだけど、この日の演奏会はその中でも別格で素晴らしかったと思う。演奏のパフォーマンス、聴衆の集中力、会場の雰囲気、すべてのトータルという意味で。

冒頭のハイドンの「十字架上のキリストの最後の7つの言葉」の序奏で未だ落ち着かない我々をコンサートを聴ける状態に誘った後、ABQの名前にもなっているアルバン・ベルクの「抒情組曲」。現代の作品を演奏することをモットーにしてきただけあって非常に素晴らしい演奏で、むしろ「難解なベルクの作品が、こうも苦もなくパーフェクトに演奏されてしまっていいのか?」という疑問すら感じさせた。

休憩後は、シューベルトの15番。この長大な作品でも最後まで緊張感を失わず、あっという間に聴き終えてしまった感じ。特に第4楽章のエネルギッシュさは秀逸で、彼らは誰かがつっかけても残りの誰かがセーブするのでなく、さらにつっかけに入る。聴いているこちらも息を呑み手に汗握る演奏だった。2ndVnのシュルツくんがとても効いていたし、ヴィオラのカリシウスさんは以前よりフィットしていて、完成度の高い演奏に大きく貢献していた。

「ロザムンデ」や「死と乙女」なんかよりはるかに傑作だと僕は信じて疑わないシューベルトの15番を、ABQは2回録音しているけど、以前からそのCDを聴きながら「こんなのが生で聴けたらなぁ」なんて、ありえない妄想にとりつかれていた。そんな妄想がこともあろうに実現してしまい、帰ってからそのお気に入りのCDを聴いても全然物足りなく感じてしまう。録り直しがきくCDを凌駕する生演奏というのは実際はそうそう経験できるものではないけど、ABQはそれを常に実現していた稀有な団体だったと思う。

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2008年05月19日

MADE IN JAPAN

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The Stradの5月号に、"MADE IN JAPAN"という記事があります。日本における弦楽器製作の歴史、つまりスズキバイオリンの歴史。鈴木政吉が安価で提供するバイオリンは、教師や警察官の初任給が8円~13円だった1890年代に5円ほど、輸入品は10円~15円またはそれ以上の値だったそうです。今の初任給を20万円ほどと考えるとまぁそんなもんかなと思うけど、この安価なバイオリンが大量生産されたおかげで、着物の女性が琴のかわりにバイオリンを演奏したり、芸者が三味線からバイオリンに転向したりと、明治末から大正バブルの時代の話なんだろうけど、ほんとかいなぁと思うような話が並んでいます。そして次のブームは戦後で、日本が豊かになると親は子供に音楽を習わせ、政吉の息子である鎮一がはじめた「スズキ・メソード」の広がりもあって、スズキバイオリンは再び大きな役割を担うことになります。

確かに、今日本ではバイオリンなどの弦楽器を弾く人がとても多いし、プロもアマチュアもオーケストラはたくさんあってまさにクラシック大国と呼ぶにふさわしい状況だけど、それはスズキバイオリンなくしては到達し得なかった境地だと思う。

その他の記事では、チェリストのナターリャ・グートマンのインタビューや、演奏旅行中にホテルで洗濯をするヒラリー・ハーン、eBayで買ったバイオリンはいかがなものか、そしてアンネ・ゾフィー・ムターの「本番で緊張する?何それ?」みたいな女王様コメントが読めたりと、全体に渡ってなかなか読み応えあり。


それにしても、日本の弦楽器製作のレベルというのはものすごく高いんじゃないかというのはここんとこ毎年行っている弦楽器フェアでとても実感していて、未だに楽器屋にいくとヨーロッパの古い楽器ばかり並んでいるのが、自虐史観を植えつける日本の戦後教育の賜物のように最近では感じられて仕方がない。先の記事で島村楽器の人が言ってたけど、何年か何十年かすると日本で製作された楽器のブームが来るかもしれない。僕的には、かもしれない、ではなく、必ず来る、と思う。希望も込めて。

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