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2008年01月09日

ラトルのハイドン

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初めて東京までクラシックの演奏会を聴きに行ったのが大学生の頃で、高速バスで行って大垣夜行で帰ってくるという節約プチ旅行。わざわざそうまでして聴きに行ったのが当時若手のホープと騒がれていたサイモン・ラトル指揮のバーミンガム市交響楽団。この時の来日公演では大物ソリスト2人と一緒に来てて、ギドン・クレーメルとのエルガーのバイオリン協奏曲も良かったらしいけど、僕が聴いたのはマルタ・アルゲリッチとのプロコフィエフのピアノ協奏曲第3番。アルゲリッチを生で聴くのも初めてで、むしろラトルよりそちらを期待して出かけたんだけど、もちろんそのプロコフィエフもスリリングで良かったんだけど、それよりも感服したのがオープニングのハイドンの交響曲、第102番。とても面白いし、第2楽章のチェロのソロも本当に浮かび上がって聴こえてきて、感激して帰ってきた。

それ以来僕の中ではラトルのハイドンは素晴らしいということになってる。事実、バーミンガム市響と録音した2枚のCDもとても機動力とユーモアがあって楽しかった。で、今回はベルリン・フィルを振っての88番から92番と協奏交響曲というマイナーな曲を揃えた2枚組。番号順に収録されていてその1枚目から聴き始めたんだけど、期待が大きすぎたせいかもう1つ消化不良の感あり。ベルリン・フィルってとてもよく鳴るので、それでかえって機動力が損なわれている気もする。そして1枚目最後の90番の最終楽章、偽終止があって曲が終わったと見せかけて拍手をもらっておいて、また演奏を続けるみたいな、いかにもハイドンっぽい楽章。これラトルは大好きらしくてバーミンガム市響とも録音していたけど、もう手の内を知っちゃうとむしろなんかうっとうしい。

でも2枚目になると調子も出てきて、だんだん面白くなってきた。協奏交響曲では安永徹、ゲオルグ・ファウストら、ベルリン・フィルの首席奏者たちの個人技が炸裂。とてもうまい。思うにどの曲も、車のない時代の音楽とは思えない速度で演奏してるんだけどあまりにうまくて余裕がありすぎるので聴き手には速く感じられなくて、それでいまいち消化不良な感が残るような気がする。

今バーミンガム市響とのCDを引っ張り出してきて聴き直しているんだけど、こちらの方が自然な感じがするなぁ、長く聴き慣れてるせいかもしれないけどしっくりくる。ベルリン・フィルとの録音は余裕があるから何かいろいろやろうとして策に溺れた感じがする。昔五嶋みどりがメンデルスゾーンの協奏曲を弾くのを何かで聴いたときもそんなこと思ったなぁ、あまりにうまいから、メンデルスゾーンの協奏曲ごときではあり余る技術を持て余しちゃうわみたいな。うまけりゃいいってもんじゃないとは、世の中難しい。

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