« バッハの協奏曲 | メイン | ショックが大きい »

2007年05月09日

GW

GW中に聴いた中で、近く閉鎖されてしまうルンデで聴いたこのえ弦楽四重奏団のことを書かなくてはいけなくてはと思いつつ、なかなか、何をどう書いたらいいのか。さすがに経験が長いだけあって立派な演奏だなぁという感嘆と、我々のレベルではこれ以上は無理なのかなぁという落胆が半々。ビオラのT氏によるプログラムノートは非常に力作で示唆が多く、演奏もそれを反映した興味深いもので、チャイコフスキーの「アンダンテ・カンタービレ」の後のアンコールにR.シュトラウスの「アンダンテ・カンタービレ」を弾く(こんな曲あるんだね、よく探してくるなぁ)というのも選曲の妙だし、でもだからといって手放しで賞賛できる演奏だったかというと、僕にはそう言うのは難しい。

曲はベートーヴェンの2番とチャイコフスキーの1番。ベートーヴェンもチャイコフスキーも何の気なしに曲を書いたわけではなくて、やっぱり何かしら思い入れがあって、一生懸命書いたと思うんだよね。そういうエネルギッシュさが演奏から感じられないのが、僕には非常に消化不良の印象があった。何かきれいにまとめることばかりに気が行ってて、フォルテで強い音の箇所が、ルンデの狭いホールでも聴き手まで強い音として聴こえてくることがなく、結果せっかく繊細に演奏されていたピアノで弱い音の箇所とのコントラストがはっきりせずに、演奏自体が聴き手に訴える力が弱いように感じたのが残念だった。

それと明らかに意図的に行なっていたと思うビブラートを控えての歌い回しが、意図は非常に面白いんだけどなかなか難しいなぁと感じた。ビブラートをかけない音はノリントンが「ピュア・トーン」というように非常に純粋で印象深い音が出るんだけど、それはそういう音を出した時にそうなるのであって、左手でビブラートをかけないときは右手が相当気を使った弾き方をしないとむしろ神経の行き届かない耳障りな音になってしまう。全然関係のない昔のことを思い出しちゃったけど、マーラーの交響曲でグリッサンド(音のずり上げ、ずり下げ)って書いてある箇所がある時に、普通にやるとグリッサンドはたいてい貧相な雰囲気になってしまって、それでも楽譜に書いてある通りにやってますからって弾いてる人たちは全然改善しようという雰囲気もなかったんだけど、いやそれは違うだろうと。グリッサンドも品のいいグリッサンドと貧相なグリッサンドがあって、品のいいグリッサンドじゃないと曲に合わないでしょうと思ったんだけど、そんな昔のことを思い出してしまった。ビブラートをかけない音が、ピュア・トーンになり切っていなかったことで、結局はせっかくの興味深い試みの印象を奏者たち自らで弱めてしまっているのがとても残念だった。

と書いてると、なんか単に僕の理想が高いだけのような気がしてきた。なかなか満足できないというのは人生素直に楽しめず、ほとほと損な性格だと思う。

他には愛知学泉大学のオーケストラを聴きに行ってN響コンサートマスター堀正文氏の至芸(パガニーニのテクニカルなのをあっさりと弾いちゃった)をいやと言うほど堪能したのとチェロのエキストラの演奏ぶりに腹を立てたのと、久しぶりにロッシーニやらバリエールやらのデュオを弾いて技術的にはそれなりに上達しているらしいことを確認したのと。


はぁ、しかしなんか人前で弾くのは難しいね、僕なんて今まで何を晒してきたんだろうか、やれやれだ。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://concavo-convex.com/movabletype/mt-tb.cgi/122