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「音楽家の肖像」その3
中日新聞に連載されている木之下晃氏の興味深いシリーズ「音楽家の肖像」ですが、大植英次の後は小林研一郎、上岡敏之、佐渡裕、本名徹次、広上淳一、天沼裕子、外山雄三、若杉弘、秋山和慶と、日本人の指揮者が続いています。しかし、日本人の指揮者って結構いるんだね、しかも実力派ぞろいで、なかなか素晴らしい国だなぁと思い始めています。
そして、昨日は山本直純氏。言わずと知れた、戦後日本音楽界を代表する人ですが、なかなか辛辣。「時代の中で才能消費」だって。これまでの人については、こんな業績がある、こんな期待が持てる、誰も彼も素晴らしい人だ、みたいな論調だったのに、ここへ来て突然厳しい物言い。よほど若い頃から才能があって期待されてたんだろうけど、期待が大きすぎたということか。木之下氏は山本氏のことを天才だと断言した上で「多才ゆえに器用貧乏にに終わった」「才能を大成されることの難しさを如実に感じさせられる」と書いています。
確かにその時代に生きている以上はその時代にあった活動をしていかないといけないんだけど、僕のような後の世代になると、山本直純という名前は知っていても、じゃぁ何をやった人なんだといわれるとほとんど何も出てこない。単に僕の勉強不足なのかもしれないし、僕の世代にまで残るほどのものがなかったのかもしれない、たぶんその中間地点くらいが正しいかなぁと思っているところ。ただ僕が山本直純さんのことで思うのは、音楽は楽しいものだけど、度を過ぎてちゃかしすぎるのも良くない、ということかなぁ。
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