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明日で終わり
さて、最近めっきり減ってしまった株の話ですが、今年は明日の大納会を残すのみとなりました。まぁ僕にとっては一年終わってしまったようなものなのでちょっと振り返ってみたいんだけど、まぁ何にしても去年始めた時は何を買っても上がるような相場で、その時は怖さなんてものはさっぱりわからなかったんだけど、今年は打って変わって、全然難しかった。ライブドアやら村上ファンドやらの問題もあって振り回されてしまったし。自分のスタイルがないのがいけないんだけど。
それにしても、今ここに年初めの自分がいたらいろいろ教えてあげたい。「トーアミ利益確定しておけよ」「キヤノンは持ち続けろよ」「あとはプロトと北川工業への集中投資だけでいいから」
もっと言うと、一年半前の自分にも言って聞かせたい。というかほとんど命令してやりたい。「新日鉄はそのまま持ち続ければ一年半後には2.5倍になるから!」
まぁ過去のことをいろいろ言っても仕方ないし、その時に先の状況がどうなってるかなんてわかりっこないし。いやー、ほんと自分の惑い性がうらめしい。
まぁいい方に考えれば、プロトのおかげで傷も浅くてすんだし、新日鉄とキヤノンはさわかみファンドの澤上さんが持ち続けてるし、初心者はこんなもんやろ。ほんと、わずかに持ってるいくつかのファンドの方がパフォーマンスよかったわけで、自分の力を過信してはいけないなぁ。常に謙虚であり続けないと。
しかし、昔は行きつけの楽器屋とかプロのチェリストとかが株の話をしているのを聞いて「この人たち芸術に携わっていながら、めちゃ俗な人たちやなぁ」と思っていたけど、その頃の自分から見ると今の自分はめちゃ俗な人間なんだろうなぁ。週刊現代とか週刊ポストとか見ると陸上の為末大が「海外の選手は賞金を運用してトレーニングの費用を捻出してるんですよ」みたいなこと言ってるし、これだけの一流アスリートだって俗なこと言ってるんだから、僕が俗な人間になったってバチは当たらないよね。
それと、今年は日本企業同士による買収騒ぎもあったけど、僕的には明星食品が日清食品の子会社になってしまったのが非常に気になっているところ。史上最高のインスタント焼きそばである明星の一平ちゃん焼きそばが、あの全然おいしくない日清UFOに駆逐されてしまうのだろうか。まったく許し難いが、同じグループ内で競合商品を作っているのも効率が悪い。そのうち一平ちゃんとUFOを合体させた「UFOちゃん」なる商品がインスタント焼きそば市場を席巻するかもしれない。
練習も難しい
先週と今日と、名市大オケの練習に行ってきた。今日は本番の指揮者の人が来るというので練習にくる人数も多かったけど、そのせいでだいぶばらける印象だった。指揮者はとても若い人で僕は初めてだったんだけど、丁寧にやってくれてとてもいいじゃないですか。
チェロのエチュードはまぁいろいろあって、左手のポジションの練習ならフィヤールの8番とか、重音ならコスマンとかシュタルケルとか、あとはまぁドッツァーをひたすら順番にやっていくとか、デュポールとか、まぁそんな感じだけど、プロになるんならともかくアマチュアなら上手くなってもそういいことはないし、エチュードをやって楽器を弾くこと自体が嫌になるよりは、好きなコンチェルトとかソナタとか、今目の前にある曲を暗譜で弾けるようにしっかりさらうとか、その方がいいと思う。実際今日のスメタナのブラニークだって、指揮者は立場上難しい言葉であーだこーだいうけど、楽器を弾く方の立場からすれば、単に右手も左手もメカニックに動かないからテンポがあっちにふらふらこっちにふらふらしているだけで、これは音楽ではなくて大道芸の一種だと開き直ってメトロノームと首っ引きになって指がメカニックに動くように練習すれば、弾いてる本人は欲求不満でも聴いてる人には必要十分な演奏だという印象を与えることができる。
というわけで、今そこにある曲を丁寧に粛々とさらっていくのがいいのではなかろうか。
....とは言うものの、それではたまに出てくるハイポジションとか右手の妙なテクニックとかを練習する機会がほとんど得られないので、そのためにエチュードは必要だという認識も僕の中にあって、まぁそんな感じで、いろいろやったりやらなかったりしながら、遠回りでも自分で考えて進んだり止まったり戻ったりするのも、人生そんなでも楽しいかなと思う今日この頃。
「国家の品格」
親から借りてきた新潮新書の藤原正彦著「国家の品格」を爆読していた。かなり面白い。「すべての日本人に誇りと自信を与える画期的日本論」という大仰なオビにひるむが、読んでみると世の中斜めから見る視点と自虐的なユーモアが快い。すらすらと読めてしまうし言っていることは正論。まだ読んでない人は必ず読むこと。
こういう本は結局は武士道に回帰していく。昔の日本は良かった。新渡戸稲造の「武士道」は途中で挫折状態だけど、またなんとか読んでみる必要がありそうです。
アーノンクール&VPのモーツァルト
書こうと思ってだいぶ日が経ってしまったアーノンクール&ウィーン・フィルのモーツァルト39番から41番ですが、飽きもせずに何回か見てまだまだ見足りないなぁと思う今日この頃。最初に見た時はあれいまいち消化不良な演奏かなとも思ったけど、何回か見てわかってきたというか。自分がもともと1度では理解できないでCD聴くのとか本読むのとかでも何回か聴いたり読んだりしないと身体に入ってこない体質だからってのもあるけど。
アーノンクールはモーツァルトの最後の3曲の交響曲は3曲セットとみなしてるとかいう話をどこかで読んだことがあるのだけれど、まぁ確かに39番は前座、40番のフィナーレから41番の最初の楽章辺りに緊張感のピークがあって、最後は賑々しく幕を閉じる、といった感じ。この40番はすごい。モーツァルトは美しいメロディのイージーリスニング風に料理されることがほとんどだけど、アーノンクールはモーツァルトを深く思索する哲学者に仕立て上げてしまった。
あとテヌート・スタッカートを多用してるなぁという印象。テヌート・スタッカートってテヌートとスタッカートのあいのこで、音をしっかり伸ばしつつ音と音の間をあけるんだけど、これを品良く弾くのはとても難しくて。普通のスタッカートは飛ばすだけでいいし、テヌートで伸ばすならベタベタと弾くだけでいいんだけど。残念ながら飛ばすか伸ばすかのデジタル的二者択一が横行、その間に無数の段階があるのにね。ウィーン・フィルはさすがにうますぎる。こういうマニアックな重箱の隅をつつくかのような部分が演奏全体に大きく影響してくるんだなぁ。
全然関係ないけど、スメタナのわが祖国のヴラニークっていう最後の曲を聴こうと思ってうち中のCDをかき集めてきた。とりあえず送ってもらった演奏者不明のやつと、ノイマン&チェコ・フィル、ノリントン&ロンドン・クラシカル・プレイヤーズ、アーノンクール&ウィーン・フィル、レヴァイン&ウィーン・フィル。僕のじゃないのもあるけど、まー結構あるなぁ、これだけあれば充分やろ。だいたいスメタナのわが祖国って、モルダウと何年か前に弾いた高い城しか知らないんだよね、これだけCD持ってる割には。聴いてみると全部が全部かなり違ってスタンダードがまるで見えてこない。それも面白いけど。
と、聴いてるだけなら楽しいのに、それを自分がさらわないといけないとなると、また弾けるようになるまでが気分が重いね。
ドヴォルザークの4番
先週行きつけの喫茶店に行った時に、「今度ドヴォルザークの4番なんて弾かないといけなくて。誰も知らない曲なのに」という話をしていたら、すぐにCDを出してくるマスター。ドヴォルザークの交響曲第4番がリクエストするとすぐにかかるジャズ喫茶って。
まぁしかしなんだかんだ言って、楽譜と一緒に送ってもらった演奏者不明のやつと、行きつけの喫茶店で聴いたオトマール・スィトナー指揮のと、うちにあった昔ダビングしたクーベリック指揮ベルリン・フィルのと、3種類聴けた。やっぱりクーベリックのがベルリン・フィルなだけあって一番ゴージャスな音で奏でてるけど、第3楽章のスケルツォはこの時代の人はこういう雰囲気の楽章も遅く重厚なテンポでやるけど、これじゃ全然スケルツォじゃないと思う。しかし実際問題これより速くなると演奏するのが大変。第4楽章のチェロパートにはとても演奏できるとは思えない箇所が出てくる。こういうメカニックなの一番苦手なんだよなぁ。でも同じモチーフを何度も何度も繰り返すのは結構好き。マイケル・ナイマンのピアノ・レッスンの音楽を思い出す。
曲としてはいい曲だと思うけど、演奏が難しくて、ほんの少し冗長。その辺が7~9番との知名度の違いかもしれないと思った。
井上頼豊門下生による12人のチェロアンサンブル
今日はH岡先生に教えてもらった「井上頼豊門下生による12人のチェロアンサンブル」演奏会を聴きに四日市まで行ってきた。四日市の文化会館へ行くのはもう何年ぶりだろうか、10年くらい経ってるかもしれない。昔はチェロのお手伝いでよく行ったなぁ。
今日の演奏会は行くまで誰が出て何の曲をやるのかもよく知らずに行ったんだけど、行ってみてびっくり、かなりの充実ぶりで、今の日本のチェロ界の最先端が体験できたと言ってもいいくらい。鈴木秀美氏の長い話とガブリエリ&バッハから始まり、古川展生氏のコダーイ無伴奏第1楽章、その古川氏と山本裕康氏、小川剛一郎氏のトリオで井上鑑氏(頼豊氏の長男)のIn The Cloud、長谷川陽子氏を中心とした女性4人でのフィッツェンハーゲンのワルツ、そして後半に12人のアンサンブルで、バッハのシャコンヌ、クレンゲルの讃歌、カザルスのサルダーナ、ジョン・レノンのイマジン、そしてアンコールは鳥の歌。
とりとめもなく書いていくと、ガブリエリのリチェルカーレはあまり面白くない曲という印象しかなかったんだけど秀美さんの話はとても楽しく、バッハの組曲5番と同じ変則調弦を用いているのも興味深かった。演奏し慣れてる感じでしっかり手の内に入ってる感じで、素晴らしい演奏だった。古川氏のコダーイは若々しく、難しいパッセージの箇所も勢いで乗り切ってしまったが、好みだけど僕はどうもナンパな感じの芸風が好きになれなかった。この曲に関しては禁欲的なシュタルケルのイメージが強すぎるからかもしれない。トリオは三者三様、若い古川氏にいぶし銀の山本氏に独特のキャラで攻撃する小川氏。音質は圧倒的に山本氏が広がりのあるいい音だった。長谷川陽子氏は生で聴くのは初めてだったんだけど、正直がっかり。あの細い腕では楽器を鳴らすのは難しいのか。スタッカートは弦に叩きつけるだけでなく、きちんと弾いて音を出すことも重要だと再認識した。アンサンブルはこれだけのメンバーなら悪いわけないんだけど、12人12様、地に足をつけた安定した演奏だった。
チケットは売り切れとかで開場前に着くくらいに行ったんだけど、それでもすごく並んでいた。自由席だったのでいい席に座れてよかった。そして我々よりもかなり前の方にM口君の会社の社長夫妻がいらっしゃった。次回の20周年記念演奏会ではまた楽しみな曲を弾かせていただけるようで、社長も「楽譜はまだだけど作曲者に許可はいただきましたので、ドラゴンクエストでねお世話になってるんですよ」とか何とかおっしゃっていた。難しいドヴォルザークの弦楽セレナードをまた弾かないといけないのは大変だけど、でも楽しみの方が圧倒的に勝っている今日この頃。楽譜は早めにお願いします。
